PART2

介護福祉士は高齢者の暮らしを支える専門職

ヤル気スイッチをON にできる

 

堀田 時代の変遷につれ、ケアするご家族がいらっしゃらない、あるいはケアを担うご家族にも困難を抱える方が増えてきています。そんななかで、一人ひとりにとってのふつうの暮らしの幸せを支える介護のあり方が改めて問われています。

 

石本 熊本地震を経験して、ふつうの暮らしの幸せというものを、我がごととして実感しました。今まで気兼ねなく水も使い、電気も使い、風呂に入りご飯を食べ、家族とリビングで過ごし、ふつうに暮らしていた。それが一瞬にして奪われたんです。その不自由さを体験したなかで、あらためて介護を必要とされている方々の日常が、暮らしづらい状態にあることに気づきました。テレビのリモコンが使いづらい、扉を開けにくいなど、日常生活のなかで不自由さを感じている。そこに我々が関わることで、当たり前にそれができるようになる。派手さはないかもしれないけど、そうした日々のささやかな幸せの積み重ねに関わっていくなかで、暮らしていくことに対する意欲が上がり、自立支援が進んでいく。僕らが介入して引っ張るのではなくて、いかにその人のヤル気スイッチを入れるのか。

 我々介護福祉士は、日常生活の暮らしを支える専門職です。日々の積み重ねの先にその人らしい大きな目標、目的を見据えていくことがとても重要です。

 

堀田 ふつうの暮らしの幸せって失われてみて気づく。人としての尊厳や権利も、阻害されてみて初めてわかる。災害等の危機や変化がないと、日常のなかでなかなか実感しにくいそれぞれにとっての当たり前を大切にするということですね。

 

西島 「その方に寄り添う」……実際にお話を精一杯聞かせていただいて、不自由さを自分なりに咀嚼し理解したうえで、何が必要なのかを一方的ではなく、確認しながら一緒に考えていくというようなプロセスがすごく大事です。人間って自分をわかってもらえて、気にしてくれる人がいると安心できる。支援につながる。その入り口のところが特に難しいのかもしれません。そのためにソーシャルワークの技能はもちろんのこと、気持ちの部分においても、しっかりと向き合っていきたいです。

 

堀田 ちょっとしたつまずきや病気、時に勤務先が倒産した…等いろいろなきっかけで、私たちは居場所や人との関係を失っていきます。社会的に孤立してしまった方々が、つながりを回復して立ち上がっていかれるには、何が手がかりになるでしょう? 

 

柏木 私たち三福祉士にとっていちばん難しいのは、医療への受診あるいは援助を拒否する人。その人たちをどう支援していくのかが、私たちのこれからの課題だと思います。支援を拒否していくプロセス、そういう状況に陥っていくまでのプロセスが必ずあったはずです。そういう人たちをソーシャルワーカーが発見して、早くに対応することが大事です。私たちはやはり福祉職ですから、いちばんの基本として、他の人の苦しみや痛みを自分の痛みのように感じる。それがたぶん共感でしょう。そのことなくして福祉職というのは存在し得ない。丁寧に時間をかけて、その人たちの思いに寄り添って行くということが出発点となります。まずは、私たちが信頼できる専門職であるということが第一です。

 

堀田 共感の力に触れてくださいました。もともと、隣の人、その痛みや苦しみに心を寄せるのは、すべての人が持つ心のありようではないかと思います。だれもがもつこのケアする心が発揮される環境を整えるのも専門職の役割の一つですね。このあたりで、今までの支援を振り返って、いちばん印象に残る風景をお聞かせいただけますか?

 

石本 共感という点では、我々自身が老いを経験していないということがあって、本当の意味で高齢者の気持ちとか、老いに伴っていろんな身体の不自由さが出てくるということなど、実感しづらいということがあります。こうなんだろうな、ああなんだろうなと想いを馳せ、学習や教育の過程で、疑似体験的に身に着けながら、向き合っていくことに尽きると思います。僕も50歳手前になり、自分の家族が認知症になって初めて、家族ならではの心理の部分、葛藤を味わいました。それ以降、実際のご利用者に向き合うときに、そのご家族の気持ちを以前よりもっと理解したいと思うようになりました。

 

西島 自分が体験したものについては、共感できる。私も、親の介護が必要になったとき、家族の大変さとか気持ちを実感できるようになりました。また、認知症の方の支援に入って、当事者の話を聞かせていただき、疑似体験をすることで、不安なのはきっとこういう理由があるんだろうなと……感じるようになりました。

 

堀田 支援を受けることを拒否する方やご家庭も少なからずあるなかで、時に共感が押しつけのように感じられている側面もあるかと思うのですが……もともとはどうしても外からの支援を受けたくないと考えていた方が、地域に、そして地域の側も融けていったというような、そんな体験があればご紹介いただけますか。

 

柏木 私は、精神科の病院に勤務しているので、決していいことではありませんが、強制介入ということが法的には可能です。つい最近の事例ですが、危機的状況が迫っていて、ご本人を説得したりするのが難しかったので、精神科に強制入院となりました。その方は、精神科医や我々に心を開くということはなくて、何も語ってくれないんです。いちばん最初に心を開いたのは、入浴のときの看護師さんのケアでした。そのときだけ、彼は自分の気持ちを吐露したんです。

 コミュニケーションが難しくても通じるんだ、そこにケアの本質があるんだなと、すごさを感じた貴重な経験です。病院のスタッフだけでなく地域包括支援センターとか、後見人になられた弁護士さんが、本人の意思がどこにあるんだろう、どういう暮らしが望ましいのだろうと、何度もケースカンファレンスをして考えました。今は本人の意思で施設に入られています。

 

石本 シンプルに気持ちいい、心地よい、といった心のひだみたいな部分にしっかりとアプローチができる場面が、おそらくあったんでしょうね。入浴という、直接本人に触れるケアで、あまり緊張しない雰囲気ができあがった。そこでの語りかける言葉であったり、リラックスできる温かな状況が、心を開いてくださる道すじになったんじゃないでしょうか。介護の仕事でも、こういう体験ができる貴重な瞬間があります。そこが介護の仕事の醍醐味です。

 


この鼎談は、公益財団法人社会福祉振興・試験センターの助成により実施しました。


 福 祉 の 

 未 来 を 

 考 え る。

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